チケット
私の幼少期は、勉強が嫌いな子供でした。
今でも、亡くなった父に「算数なんか大人になったら使わないんだから意味がない。」と号泣しながら叫んでいたことを覚えています。(絶賛使用中で、一生使うことになるなどこの時は知る由もありませんでした)
小学校中学校を経て、高校入試の時期になりました。
私はサッカーをやっていたのですが、自分が行くことのできる中で、一番強い学校に行きたいと思うようになっていました。
当然上手なチームメイトの中でもまれて、出れなくてもいいからうまくなりたいと思っていました。
そんな時、声をかけてもらった高校に推薦入試がないことを知りました。
大変ですよ。本当に勉強をほとんどしてこなかったんですから。
そこからは日が変わるまで、必死に毎日勉強したことを覚えています。
その後、会社に入ってからも勉強から逃げていたはずの自分が、逃げ切ることはできずに現在を迎えています。
今、自分の子供が間もなく受験というところまで来ました。
私は子供が小さいころから、自分自身を包み隠さず、誇張することなく子供にさらけ出すようにしているので、(私はあまり器用ではないので、これは誰に対しても同じことですが)自分が勉強ができなかったこと、父に言った言葉、その後必死で勉強をしなくてはならない話も、全て話しています。
本人の努力のおかげで、子供は好きな野球で近所の進学校(私立高校)から推薦のお話しをいただくことになりました。
最近の学校は、野球だけできれば良いという学校は本当に数少なくなったと感じました。
私たちが入試をしたころは、勉強ができなくても推薦をもらえていた高校の数がもっと多かったように感じています。
子供には、勉強はチケットと同じだよと、私自身の経験から、常々伝えてきました。
自分のしたいことに近い位置に行かせてくれるチケットという意味で、幼い頃からつたえてきた代わりに、私はいちいち勉強しなさいなどと言うことは意識的にしないようにしてきました。
今、私にも目標があります。
私というか、妻に目標があるので、もっかっているようなものですかね。
本当に意識しずぎていた頃は、1円を削るために時間や神経を使っていました。
時間や効率などは考えずに、とにかく目の前の1円が出ているのを防ぐ、防御力をひたすら上げるために注力していたのですが、心がカサカサになってくるんですね。
生活費を0円にすることは不可能ですし、1円を削るために例えば1時間使っていては、1日が何時間あっても足りなくなってしまうので。
そこそこの防御力を保つことを意識するようにしました。
お金もまた、目標を達成するため、自分の自由度を上げるためのチケットだと思います。
早くチケットを手に入れたいものですが、少しずつしか手に入らないものなので、特に資産形成初期は少しずつ、地道に、しかしできる限り早く初期を脱出できるようにがんばることが一番近道なのでしょうね。
本日も最後までお読みいただいてありがとうございます。